文章中心のサイトです。


by yuna-sos-0305
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

砂時計

4月。

桜が咲き始め、何もかもが春の暖かな日差しに包まれるこの頃になると

酒井はどこか切なげな表情になることが多かった。

公には知られていない彼の事実を唯一知っていた黒沢はそんな酒井の

表情にやりきれない気持ちを感じていた・・・・。










「終わった、終わった~、黒沢!酒井!飲みに行こうぜ!」

いつものように仕事を終え、帰り支度をしていると、リ-ダ-である

村上が口癖のように黒沢達を誘ってきた。

「あ・・・うん・・・・」

酒井を気にしながら黒沢は村上に曖昧な返事を返す。

次の瞬間ふと目が合った酒井を、何気なく黒沢は誘った。

「お前も行くよな?」

が、酒井の返事はまったく反対のものだった。

「いえ・・・俺は今日はいいです・・・遠慮しときます・・・それじゃあ・・」

そう小さく呟くと酒井は静かに控え室を出ていった。

酒井が出て行った後、いつもとはどこか違う酒井の変化に

村上はポツリと呟いた。

「なんだぁ?酒井の奴。一体どうしたっていうんだよ・・・」

村上の言葉に 隣にいた黒沢は

「さぁ・・・・」と 小さく呟いた。

「黒沢、お前は行くよな?」

突然、村上にそう聴かれ、黒沢は間抜けな声で呟いた。

「え・・・?」


「だからお前は飲みに行くだろ?」


「え・・・あ・・・・」

黒沢が返事を迷っているのにも関わらず村上はどんどん話を進めていく。

「もう安岡と北山、先行かして待たせてるし、帰り支度終わったんだろ?

さっさといくぜ!」

そう言って 控え室を出ていこうとする村上に黒沢は無意識のウチに叫んでいた。

「ごめん!リ-ダ-俺も今日パス!」

「おっ・・・おいっ!!黒沢!!」

村上の言葉も耳に入らない勢いで 控え室を飛び出した黒沢は酒井の後を追った。

自動ドアを出て、既に暗闇に包まれている街の中を見渡す。

右か左か。

ネオン溢れた街の中を黒沢は走り出した。














10分程、走り続けると小さな公園が目にとまった。

既に人の影はなかったが、その公園の隅に酒井はぼんやりと佇んでいた。

乱れた呼吸を整えてから、ゆっくりと公園の中へと足を進める。

公園の中に入り、一歩一歩近づいてゆく。


そして小さな声で呟いた。



「酒井」



何分かの沈黙の後、酒井はその大きな身体ごと黒沢の方を振り返った。


「どうしたんですか?みんなと飲みにいくハズじゃなかったんですか・・?」


酒井の言葉に 黒沢は黙ったままで。


しばらくすると 酒井を見つめながら言った。

「そのハズだったんだけどさ・・・思い出したんだよ・・・」


「・・・・何を・・思い出したんです・・・・?」

穏やかな口調で酒井が尋ねる。


「今日・・・命日だったろ・・彼女の・・・」


黒沢の言葉に少し驚きながら酒井は呟いた。

「・・・覚えてたんですね・・・」


「・・・・ああ・・・」


「もう何年になる・・・?」

「5年です。早いものです・・・」


そう言うと 酒井はそっと瞼を伏せた。











今日は酒井の彼女の命日だった。

5年前酒井は自分のファンだったという彼女と知り合い

つきあい始めた。

俺たちメンバ-にこそ、自分のことはあまり語りたがらない

性格の故、彼女のこともメンバ-には話していなかったそうだが

あなただけには・・と 彼女のことを打ち明けてくれた。


何度か酒井と彼女と3人で食事などもしたが とても気立ての良い

素敵な女性だった。そしてそんな彼女を持つ 酒井もまたとても

幸せそうだった。


幸せそうな2人を見て、いつかは結婚もするだろうと確信していた俺が


「そのこと」を知ったのは それからまもなくのことだった。


彼女が心臓病と判断されたのだ。

重度の心臓病ということで、すぐさま彼女は都内になる


病院に入院し、入院生活を余儀されることとなった。



はじめこそ、健康そのものだったが

1日、1日、日を追うごとに彼女の容態は悪化していった・・。

だが、どんなに苦しい状態だろうと彼女はけして笑顔を

絶やさなかった。それどころかまだまだミュ-ジシャンとしては

売れてなかった俺達を いつも心から応援してくれていた。

そして酒井も仕事で疲れているのにも関わらず

毎日彼女の入院する病院へと通い続けた。

俺は必死で祈り続けた。

彼女が助かるようにと・・。その想いはきっと酒井も同じだったことだろう。

今でも思い出すことがある。


静まりかえった深夜のロビ-で

いつも気丈にふるまっていた酒井が

ふと漏らした一言。


「・・・砂時計・・みたいですね・・・」


「・・・え・・?」


「・・・彼女の命・・・。1日、1日、日を追うごとに残りの砂がなくなってく

みたいで・・・・」



「・・・・・酒井・・・・」


「俺が・・彼女にしてやれることって・・なんなんでしょうか・・

俺は彼女にいつも支えられてきました・・・正直この5年間彼女が居たから

ゴスペラ-ズとしてもやってこれたんだって・・そう思ってます・・。だけど俺は

彼女に何もしてやれてません・・俺が彼女にしてやれることってなんなんですかね

・・俺にはもう・・・分かりません・・・・」

そう呟き 酒井はそっと俯いた。


そしてその3日後


彼女は眠るようにこの世を去った・・・。




















「5年か・・早いな・・・・」


澄み切った夜空に輝く星を見つめながら黒沢は呟いた。

「・・・早いですね・・・」

隣で自分と同じように星を眺めている、酒井に黒沢は静かに訊いた。


「・・ひとつ訊きたいことがあってさ・・・」


「・・・・なんですか・・・?」


夜空を見つめたまま、酒井が呟く。



「・・・・5年前・・お前彼女が亡くなる時・・・」


そう呟いた黒沢の言葉に続くように 酒井はポツリと呟いた。


「・・・・頑張ったんですけどね・・・結局・・間に合いませんでした・・」



「・・・・・そっか・・・・・」



「指輪・・・・」


酒井がポツリと呟く。


「え・・・?」


「・・・・結婚指輪用意してたんですよ・・もう付き合って5年目だったし

彼女の命が短くても彼女がずっと支えてくれたことは本当に嬉しかったから、

ケジメって言ったら変ですけど、なんていうか形のあるものを残したかったんで

すよね・・・ほんの一瞬でも彼女と・・恋人としてじゃなく夫婦としていたかったから・・・」


「・・・・・・・・・」


「俺・・彼女には初めて会った時からなんていうか、不思議な透明感を感じてたんです・・・」



「透明感・・・・?」


「ええ。なんていうか・・抱き締めたらフッと消えてしまいそうな・・そんな感じがいつもしてて・・いつだったか彼女を抱き締めたに時に彼女に訊かれたんです」


「“どうしていつもそんなに強く抱き締めるの?”って・・・。俺、彼女にそう言われるまでそんなに彼女のことを強く抱き締めてたことに自分でも気付いてなくて・・だから言ったんです・・・“君はすぐにでも消えてしまいそうになるから”って・・・そしたら彼女・・笑って・・“それじゃあ雄二がずっと消えないように抱きしめててね”って・・・俺、彼女の言葉に笑いながら“分かったよ”
って答えたんですけど・・・まさか現実になるなんて・・皮肉なものですね・・・人生って・・・」




そう言って、酒井は 小さく笑った。


そんな酒井を見つめながら


黒沢は言った。



「・・・本当に彼女のこと・・・好きだったんだな・・・・」




夜空を見上げながら 酒井は小さく呟いた。



「ええ・・・・・・・心から・・・・・愛してました・・・・・・」





春の風がそっと頬を撫でていく。




短い沈黙の後、黒沢はポツリと呟いた。


「家で飲まないか・・・?」



「いいですね・・飲みましょうか。」



そう言って 笑顔を浮かべた。


とても穏やかな笑顔だった。

















3杯目となるウォッカを空けたところで

それまで静かに飲み続けていた酒井がそっと呟いた。


「あなたには初めて話すことですけど・・・」


「・・・・・ん?・・・・・」


「実は・・・」





「俺と彼女の間には・・・子供がいたんです・・・」


「・・・え?こ・・・子供って・・・酒井・・・お前・・」


慌てる黒沢に対し、酒井はクスリと笑って言った。


「隠し子じゃありませんから(笑)安心してください。」


「でも・・子供って・・・・」




驚きを隠せない黒沢の問いに、酒井はウォッカを一口飲むと



言った。


「妊娠してたんです。彼女・・・・。

彼女が亡くなった後、初めて彼女の担当医からそのことを聞かされて

何も気づいてやれなかった自分に心底腹が立ちました・・・。

担当医の先生は“貴方は何も悪くない“って言ってくれましたけど・・・」



時計の針が静かに時間を刻む音が 静かな部屋の中響く。


「3ヶ月だったそうです・・・もし無事に産まれていたら・・今頃は・・・」


そう言って言葉を無くした 酒井を見つめながら黒沢はゆっくりと言葉を紡ぎ出す



「・・・・・成長してただろうな。きっと。いい父親になってたと思うよ。お前。」

グラスの中の氷を見つめながら 現実となっていたかも知れない

けれど もう叶う事のない 未来図をふと心の奥底で思った。


「・・・・そうですかね・・・」



グラスに残ったウオッカを飲みながら酒井が小さく呟く。


「ああ・・“パパじゃありません!お父さんって呼びなさい!“って子供を叱ってる姿が絵に浮かぶよ(笑)」



黒沢は酒井の話を聞きながら テ-ブルの上にあった、ウォッカの瓶に手を伸ばした。


「子供だけでも・・・なんとか助けることができなかったのか・・と何度も悔やみました・・それと同時に今・・彼女との子供だけでも生まれていたら・・自分の人生はまた違ったものになっていたのかと・・・・」







「俺はあの時・・・彼女だけじゃなく・・・彼女と自分を繋ぐ小さな命まで

失ってしまったんですよね・・・・・」




短い沈黙の後 黒沢はグラスに残ったウォッカを啜りながら言った。




「酒井・・・お前は良くやったよ・・・最後まで彼女のこと看取ってやっただろ?

それだけで十分だよ。お前は・・・悪くない。」



酒井を見つめゆっくりとグラスを回す。



「今も・・・取ってあるんですよ・・・・」


囁くように 酒井が呟く。


「取ってあるって・・・?」


酒井の言葉を反復しながら 彼を見つめる。



「指輪です。自分の結婚指輪と、彼女に渡そうと思ってたエンゲ-ジリング・・

彼女の分の結婚指輪は、彼女の指にはめたまま棺に入れたんです。けど・・・

やっぱりなかなか捨てられなくて・・・きっぱり捨てられればいいんですけど・・

俺・・・そういうとこ駄目なんですよね・・・・」


そう言って 小さく笑う 酒井を見つめながら黒沢は


天井を仰ぐと 言った。


「男も女も・・みんな情けないもんさ・・・」


「・・・・・・・」


「誰かを好きになって・・愛して。想いが届かなくて・・泣いて・・笑って・・」








その夜、酒井は黒沢の家で酒を飲み明かし

そのまま眠りについた。そして夢を見た。

彼女の夢だった。





君の幻想が 今も 心から離れない。


誰よりも愛しい君を無くして 時間だけが足早に過ぎ去っていくけれど


俺の心は君を失った あの日のまま動かない。


時を刻むことを忘れてしまった時計のように・・・・









時が・・止まりそうだ・・・・・。







そんなこと言わないで。








誰?






私は幸せだった。あなたに出逢えて。


貴方と共に過ごすことができて。


そして何より、雄二。


貴方を愛して、貴方に愛されて。


本当に幸せだった。




本当に・・・ありがとう・・・・。









その瞳





その声





その笑顔









甘い・・・・・・・・記憶・・・・・・・・・




















次の日、黒沢の家から帰宅し、ポストを開けると そこには1通の手紙が届いていた。


白い封筒に 大きく 【酒井雄二様】と書かれている。



紛れもなく  彼女だった。



5年前  永遠の別れを告げた 彼女の文字がそこには書かれていた。



封を開け、丁寧に折り畳まれた便箋を開けば


彼女の丁寧な文字が目に飛び込んでくる。



「・・・酒井雄二様・・・」



「酒井雄二様


あなたがこの手紙を読んでいる頃 私はきっとあなたの傍にはいないでしょう。



自分の運命を予知している訳ではないけれど なんだかそんな気がするのです。



あなたと出逢ってからのこの5年間、本当に楽しかった・・・



23年間生きてきたこの人生の中で・・・5年間という時間はとても短いものにも


思えるけれど・・・これまでの人生に勝るぐらい 雄二と出会って一緒に


過ごしてきたこの5年間は私にとってなによりの宝物です。


だから約束してください。


もし私があなたの傍からいなくなっても・・・姿が消えても


悲しまないで・・・・・。


私は・・いつでも・・どんな時でもあなたの・・・雄二の傍にいます。


どんなに遠く離れても・・・永遠の別れが来たとしても・・・・


2人の想いはきっと1つだと思うから・・・。


本当にありがとう・・・。


あなたに愛されて あなたを愛せたことを心から誇りに思います。


そして・・・いつも・・あなたの幸せを心から願ってます。


この先の人生も ずっとずっと あなたが笑顔でいられますように・・・。


Your life was full of happiness and blessings ・・・


2000.3.1 藤谷紗雪  」


手紙を読み終えたと同時に 胸に熱い物が込み上げた。




涙が溢れ  唇が震える。




鼻につんとした 痛みを感じる。




綺麗に並んでいる 彼女の文字を見つめながら





手の平で 涙を拭う。




「ほんっと・・・・最後まで・・・ものわかりいいのな。お前って・・・・・



最後の最後くらい・・・・我が儘言ったって 構わないのに



なんでそこまで・・・優しいんだよ・・・ほんっと・・俺、最高の彼女を



持ったよ・・・・・」





声が震える。




「・・・・・・・・ごめんな・・・・・俺・・・・お前に何にもしてやれなくて・・・・本当ごめんな・・・・・・・・・」









こみ上げてくる想いを胸に  ふと空を仰げば




雲一つない 青空が広がっていた。





【私は・・いつでも・・どんな時でも・・あなたの・・雄二の傍にいます・・・】







便箋に書かれた 言葉をふと思いだし




そっと呟く。




「俺、頑張るからさ・・・見守っててくれよな?少しカッコ悪いところも見せるかもしれないけど(笑)・・ずっと見守っててくれよな・・・?」




ゆっくりと深呼吸をすれば





ふと 彼女の声が聞こえる気がして





 そっと微笑みながら囁いた。





「・・・・・ありがとな?・・・紗雪・・お前に出逢えて本当に良かったよ・・」




優しげな風が  春の訪れを告げるように





そっと酒井の頬を撫で





ゆっくりと 通り抜けていった。







暖かな日差しに 照らされながら





そっと微笑む。





「もう大丈夫だから・・・」




小さく そっと 呟くと




ゆっくりと 背伸びをし





丁寧に 綺麗な文字が並ぶ




その便箋を折り畳んだ。





穏やかな春の日の出来事。





寂しがり屋の彼女に 安らかな幸せを・・と そっと願いながら



また この瞬間  新しい1歩を歩き出す。





fin
c0042410_1217917.jpg

[PR]
by yuna-sos-0305 | 2006-04-08 12:11